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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1172号 判決 1987年11月11日

原告 株式会社 小野レヂン工営

右代表者代表取締役 小野彰

右訴訟代理人弁護士 阿部元晴

被告 バリスター工業株式会社

右代表者代表取締役 田路誠作

右訴訟代理人弁護士 松原暁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一四三六万五四〇四円及びこれに対する昭和六一年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原因は、昭和六〇年七月六日、訴外愛宕二丁目住宅管理組合(以下「訴外管理組合」という。)からの発注を受けて東京都多摩市愛宕二丁目所在の愛宕二丁目住宅(以下「本件住宅」という。)一四棟の外壁等改修工事を請け負った訴外株式会社松村組(以下「訴外松村組」という。)との間で、訴外松村組を元請業者、原告を下請業者として、本件住宅一四棟について原告がその外壁に外断熱工事を施工することを内容とする請負契約を締結した(以下右工事を「本件工事」という。)。

2  (被告製品による外断熱工事の施工)

原告は、同月一一日から同年一〇月一四日にかけて、被告の製造に係る外断熱モルタル材バリスターLL三万七〇〇〇グラム及び同製品用の混和液バリスターエマルジョン307(カチオン性アクリルニマルジョン)一万五四九八グラムを使用して、本件住宅一四棟中の二―二―一号棟(以下「本件建物(一)」という。)及び二―二―二号棟(以下「本件建物(二)」という。)についてその各外壁に外断熱工事を施工した。

すなわち、原告は、被告作成に係る仕様書に従って、バリスターLLを同製品用の右混和液バリスターエマルジョン307に溶解した上、壁材として本件建物(一)及び(二)の各外壁に塗布し、これを乾燥させた(以下本件工事において本件建物(一)及び(二)の外壁に塗布された外断熱モルタル材バリスターLLを「本件壁材」という。)。

3  (剥離事故の発生及び修復工事等の施工)

同年一〇月三日、本件建物(二)の北面において本件壁材の剥離が発見された。

同日以降本件建物(一)及び(二)の各外壁における本件壁材の剥離の進行及び拡大は著しく、同月九日には既施工の本件壁材の約五〇パーセントが剥離し、接着している箇所についてもその接着力は著しく低下し、引張りテストによればその接着強度は一平方センチメートル当たり二キログラム程度であった。

右剥離事故の結果、原告は、本件工事を中止して右既施工部分の本件壁材をすべて撤去し、本件建物(一)及び(二)の外壁全部につき修復工事を施工した。

また、右剥離事故の結果、本件住宅中右事故当時未施工の棟のうち四棟(二―二―三号棟、二―二―四号棟、二―二―五号棟、二―六―一号棟)については、外断熱モルタル材塗布のための先行工事として目地材取付工事の施工を余儀なくされた。

4  (剥離事故の原因――被告製品の欠陥)

右剥離事故は、本件工事において使用された被告製品であるバリスターLLの製造上の欠陥に起因して発生したものである。

(一) すなわち、バリスターLLは、本件(厚さ一五ミリメートル、面積五〇〇ないし七〇〇平方メートル)のように広範囲の規模で塗布された場合、モルタルが硬化していく過程及び断熱機能が発現していく過程において次のような諸問題が発生するために、モルタルが剥離する力に対応し得ないという欠陥を有している。

(1) 断熱モルタルに含まれている水分が既存のモルタル及びリシン層に吸収される。

(2) 断熱モルタルに混入されている接着性の強い樹脂液等の凝集力により被接着体を破壊する。

(3) 断熱モルタルの硬化収縮力及び乾燥による変形力に対して接着力が劣っていた。

(4) 断熱モルタルが硬化して断熱効果が現れた時点以降、断熱モルタルの表面と被接着体との温度差が普通モルタルと比較して著しく大きくなり、外気温が低下した場合、断熱モルタルの表面が全体にわたり収縮する力に対してその接着力が抵抗できない状態となる。

(5) 断熱モルタルの硬さが右(3)及び(4)の特性と接着力との関係上適当ではなかった。

(二) 本件工事のように建物の外壁に使用される外断熱モルタル材は、(1)付着強度が一平方メートル当たり五キログラム以上で、(2)長期にわたりひび割れが発生せず断熱性能を維持し、(3)強度の衝撃によっても破壊されないという各条件を備えていることを要するものであるが、被告製品のバリスターLLは、右条件をいずれも満たしていない。

バリスターLLのこのような欠陥は、本件のように広範囲の規模(厚さ一五ミリメートル、面積五〇〇ないし七〇〇平方メートル)で塗布された場合における施工実績がないという、実用製品としての技術的実績及びデータの不足によるものである。

5  (不法行為――被告の過失)

(一) (製造管理義務違反)

被告は、前記のとおり、外断熱モルタル材の製造業者として、(1)付着強度が一平方メートル当たり五キログラム以上で、(2)長期にわたりひび割れが発生せず断熱性能を維持し、(3)強度の衝撃によっても破壊されないという各条件を備えた製品を製造する義務を負っていたものである。

すなわち、被告は、その製品が当該規模の面積に塗布施工された場合におけるモルタルの含水分の既存壁面への吸収度、モルタル硬化時の凝集力、気温及び湿度による膨脹収縮の度合い、経時変化等について、実地試験施工を行い、引張り試験、破壊試験等の各種実験により、前記の各条件を備えていることを確認し、外断熱モルタル材として実用化が可能な製品を製造すべき義務を負っていたのである。

しかるに、被告は、バリスターLLの製造に当たっては、実用に合わない実験室的な基準で製品製造要領を作成し、アクリル系接着剤、砂、セメント、断熱用パーライト等を製造所の見積金額に合うように安易に組み合わせただけで、外断熱モルタル材の製造業者としての右の製造管理義務を尽くさなかった。

(二) (剥離の予測及び通告義務違反)

このようにいまだ実用化されていない製品を本件仕様書に従って使用すれば剥離を生ずる危険性が十分にあったのであるから、被告は、外断熱モルタル材の製造業者としての専門的知識及び経験に基づき、右剥離の危険性を予測し、施工関係者に対して通告すべきであったにもかかわらず、これを怠った。

6  (債務不履行――被告の不完全履行)

(一) 原告は、昭和六〇年九月一〇日、被告に対し、バリスターLLを直接発注した。被告の申出により、右製品の納入は製品取扱商社である訴外化研マテリアル株式会社(以下「訴外化研マテリアル」という。)を通じて行われたが、右製品の原告からの発注自体は被告に対して直接行われているので、被告は、同日における発注及び受注によって成立した原被告間の契約関係に基づき、前記5の各注意義務違反につき不完全履行による債務不履行責任を負うものである。

(二) 仮にそうでないとしても、同年八月九日ころ、原告は、本件工事に先立つ見本施工の現場において、被告製造のバリスターLLを使用する旨を被告の担当者に告げており、その後前記のように同年九月一〇日に商品名及び数量を特定した上で発注書を発送しているので、右一連の申込み及びこれに対する承諾によって成立した原被告間の契約関係に基づき、被告は、前記5の各注意義務違反につき不完全履行による債務不履行責任を負うものである。

7  (損害)

(一) 原告は、本件建物(一)及び(二)に対する右撤去及び修復工事並びに当時未施工の他の四棟に対する目地材取付工事の費用として、次のとおり、総計九三六万五四〇四円の財産的損害を被った。

(1) 既施工の本件壁材を撤去して新たな外断熱材の塗装が可能な状態に修復するのに要した費用

ア 本件壁材の撤去費用

a 作業員の人件費 一四四万五〇〇〇円

b ダンプカー賃貸料 二〇万円

イ 外断熱材画定用アンカーピン除去費用(作業員の人件費及び消耗工具費) 六五万円

ウ エポキシ注入工法による固定箇所に対するサンダーケレンによる修復費用(作業員の人件費及び消耗工具費) 七万六〇〇〇円

エ 本件壁材撤去後の壁面修復費用(作業員の人件費、薄塗りモルタル材料費及び消耗工具費) 二四八万七一六〇円

合計 四八五万八一六〇円

(2) 新たな外断熱材の塗装に要した作業費

ア 目地棒取付け左官塗り工賃 二二三万八四四四円

イ 目地棒取付け工賃 一〇〇万八〇〇〇円

ウ 消耗工具費 三五万円

合計 三五九万六四四四円

(3) 新たな外断熱工事に併行して施工した工事の材料費及び作業費

ア モルタル誘発目地ウレタンシーリング 二四万七五〇〇円

イ 手摺金物の取付け周りウレタンシーリング 六万六〇〇〇円

ウ 本件建物(一)壁面の外装塗装 一七万七三〇〇円

合計 四九万〇八〇〇円

(4) その他の費用

各種テスト、打合せ協議等の剥離事故に伴って発生した諸経費 四二万円

右(1)ないし(4)の総計 九三六万五四〇四円

(二) 右剥離事故の結果、施主である訴外管理組合及び訴外松村組から得ていた原告の信用は失墜し、原告は、業界における取引上の信頼を失った。

右信用の毀損を慰謝するには、五〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

8  よって、原告は被告に対し、主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、予備的には債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右7(一)の財産的損害金九三六万五四〇四円及び右7(二)の慰謝料金五〇〇万円の合計金一四三六万五四〇四円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実を認める。

3  同3の事実のうち、本件建物(二)の北面に本件壁材の剥離が生じたこと及び本件工事が中止されたことは認めるが、右剥離の発生の日時、程度等の具体的内容及びその余の事実は知らない。

4  同4の事実を否認する。

5  同5の事実を否認し、主張を争う。

6  同6の主張を争う。

被告の製造に係るバリスターLLは、被告から訴外化研マテリアルヘ、同訴外会社から原告へと順次売買されたものであって、原被告間に直接の契約関係は存しない。

7  同7の事実を否認する。

三  被告の主張(被告製品における欠陥の不存在)

1  (本件剥離事故の原因)

本件の剥離は、原告が本件建物(一)及び(二)の壁面の旧吹付材である旧リシンの十分な除去、ケレン及び清掃を行わなかったため、壁面に石灰などが残っており、それが本件壁材の接着力を著しく低下させたところから生じたものである。したがって、原告が十分に旧リシンを除去した後に本件壁材を塗布していれば、本件のような剥離が発生することはなかったのである。

被告は材料の製造業者であるから、製品やその使用方法に関する説明は行うが、実際の施工には一切関与しておらず、また、元来関与し得る立場にはない。バリスターLLがコンクリートの壁面に十分接着するか否かを左右する最も大きな要因は、コンクリートの面の旧塗材の完全除去の点であるところ、完全除去は常に可能であり、また、完全な除去ができたか否かは一目瞭然であり、特殊な能力や技術を要するものではない。しかるに、原告において採算性を重視する余り、時間と費用を惜しみ、中途半端な除去のまま施工したために本件の剥離が生じたのである。

このように、本件剥離事故は、バリスターLLに欠陥があったために生じたのではない。そのため、右事故以後も、他の工事において、本件工事の設計監理者である訴外共同設計五月社一級建築士事務所(一級建築士訴外三木哲(以下「訴外三木」という。)の経営に係る事務所。以下「訴外五月社」という。)によりバリスターLLが使用商品に指定されているのである。すなわち、右事故以後に施工された秀和南荻窪レジレンス及びファミール西八王子の両工事において、右一級建築士訴外三木は外断熱モルタル材としてバリスターLL施工業者に紹介しこれを試験施工に参加させており、その結果、バリスターLLは優秀な試験成績を示した(最終的にバリスターLLが右工事の本施工に採用されなかったのは、右工事の元請業者は断熱材とその上に塗る仕上材とを同一の製造業者から採用する方針であったところ、被告が仕上材を製造販売していなかったことによるものである。)。

2  (バリスターLLの施工実績)

被告が従来製造販売してきた外断熱モルタル材は、商品名をバリスターLといい、断熱効果をもたらす主材としてフェライトを用い(他社製品では通常パーライトが用いられている。)、他社製品よりも強度と施工性を高めている点に特色がある。このバリスターLの施工実績の主なものは、別紙「バリスターL施工実績一覧表」記載のとおりである。

本件工事において使用された外断熱モルタル材は、納入価格を極力下げてほしい旨の施主側からの要望に応じて、被告において、主材としてフェライトを用いず、通常の他社製品と同様パーライトを用いて製造し(フェライトはパーライトよりも価格が高い。)、商品名をバリスターLLと名付けたものである。

主材としてフェライトを用いた場合とパーライトを用いた場合との相違は、後者の方が施工性と強度が劣る代わりに価格が安くなるという点にあり、接着効果上の相違は存しない。

したがって、バリスターLLによる施工は今回が初めてであるが、バリスターLの施工実績をもってその施工実績ということができる。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

被告も自認するとおり、訴外五月社が外断熱工法を設計した秀和南荻窪レジデンス及びファミール西八王子の両工事においては、被告の製造に係るバリスターLLは使用されていない。

2  同2は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(本件住宅に関する原告と訴外松村組との間の請負契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(被告製品による外断熱工事の施工)の事実は、当事者間に争いがない。

三  請求原因3(剥離事故の発生及び修復工事等の施工)の事実のうち、本件建物(二)の北面に本件壁材の剥離が生じたこと及び本件工事が中止されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、その余の事実(右剥離の発生の日時、程度等の具体的内容を含む。)を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  請求原因4(剥離事故の原因)の事実について判断する。

原告は、右剥離事故は本件工事において使用された被告製品であるバリスターLLの製造上の欠陥に起因して発生した旨主張し、これに対し、被告は、右剥離事故の原因は原告が工事の施工に当たって建物の壁面の旧吹付塗材である旧リシンの十分な除去、ケレン及び清掃を行わなかったためである旨主張しているので、この点について判断する。

1  外断熱工事の施工に当たっての当該壁面の旧リシン等の除去及び清掃の意義に関しては、《証拠省略》を総合すると、建物の外壁に対する外断熱モルタル材の施工全般について、その乾燥後の壁面との十分な接着を確保し剥離を防止するために、当該壁面(下地)の旧吹付塗材、汚れ等の十分な除去及び清掃は施工業者の側で当然に履行すべき必要不可欠の作業であること、右の除去及び清掃が不十分な場合には接着力の低下を招き剥離を生ずる危険性が増大すること、そのため、従前被告が製造販売していた外断熱モルタル材バリスターL及び本件工事において使用された被告製品バリスターLLの各説明書にも、その施工要領として当該下地の不純物、汚れ等の十分な除去及び清掃を行うべき旨が明記されていること、本件工事の設計監理を担当した訴外五月社(一級建築士訴外三木)の作成に係る本件工事の仕様書においても、外断熱モルタル材の塗布前の「前処理」の作業として、壁面の旧吹付塗材、汚れ等ついては、高圧水洗機、サンダー等の工具を用いて完全に除去し、十分な清掃を行うべき旨の指示が記載されていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件工事の実施から中止に至るまでの事実経過に関しては、《証拠省略》を総合すると、以下の諸事実を認めることができる。

本件工事に先立ち、本施工に使用すべき外断熱モルタル材の選定のため、被告及び訴外株式会社尾花屋産業(以下「訴外尾花屋産業」という。)の製造会社二社が参加して、各社の製品について二回にわたって試験施工が行われた。すなわち、第一回の試験施工として、昭和六〇年七月三一日、本件住宅中の二―六―一号棟の外壁に被告製品バリスターLL及び訴外尾花屋産業製品セメンテックスがそれぞれ塗布され、約一〇日後の同年八月九日、右各製品について引張りテストが行われた結果、いずれも要求されていた基準値一平方メートル当たり五キログラムを上回る八ないし一一キログラム(旧リシンを全面的に除去した下地の状態で一一キログラム。仕様書の指示に沿って、水圧一平方メートル当たり二一〇キログラムの高圧水洗機を用いて、一時間当たり五〇平方メートルの運行速度で除去した下地の状態で八キログラム。仕様書の要求する所要時間の倍の時間をかけて(半分の運行速度で)除去した下地の状態で九キログラム。)の接着強度を示した。さらに、第二回の試験施工として、同月六日、本件住宅中の二―五―一号棟の外壁に右各製品がそれぞれ塗布され、約一箇月後の同年九月五日、右各製品について引張りテストが行われた結果、被告製品のバリスターLLは要求されていた基準値一平方メートル当たり五キログラムを上回る平均値六・一キログラムの接着強度を示したが、訴外尾花屋産業製品のセメンテックスは平均値四・一キログラムで右基準値を下回った。これらの数値は、引張りテストの結果、壁面との接着を保ったまま当該外断熱モルタル材自体が破損するに至る時点における負荷強度の値であり、当該外断熱モルタル材と壁面との間の接着力は右数値を更に上回るものである。

その後、訴外松村組の側では、このような試験施工の結果及び製品の施工性を考慮して、本施工に使用する材料として被告製品のバリスターLLを採用することを決定し、同月一〇日、本件工事の設計監理者である訴外五月社(一級建築士訴外三木の経営する事務所)の承認を得た。本件工事の工期は当初から同年一二月一五日までと定められており期限が迫っていたため、右採用承認の翌日(同年九月一一日)から直ちにバリスターLLによる本施工が開始された。

本施工においては、バリスターLLの塗布に先立って、まず本件建物(一)及び(二)の外壁の旧塗布材である旧リシンの除去作業が行われ、原告は、本件工事の設計監理者である訴外五月社(訴外三木)作成に係る仕様書の指示に沿って、水圧一平方メートル当たり二一〇キログラムの高圧水洗機を用いて仕様書の要求する運行速度で旧リシンの除去作業を実施したが、右各建物の外壁の旧リシンは石灰分を多く含んでおり非常に除去が困難な性質のものであったため除去は予想に反して著しく難航し、訴外三木及び訴外五月社の現場監督担当者の指示に従って更に作業が続行され、最終的には仕様書の要求する所要時間の約二倍の時間をかけて旧リシンの除去作業が行われたが、右作業を終えた後もなお外壁の地肌が現れる状態には至らず、除去不十分の状態にとどまっていた。当時、右仕様書指定の高圧水洗機よりも更に水圧の高い一平方メートル当たり三〇〇キログラムの高圧水洗機も既に市販されており(訴外五月社(訴外三木)においてもこれを使用したことがあった。)、また、高圧水洗機のみでは十分に除去することができない場合にはサンダー掛け(サンダーケレン)と呼ばれる工法により旧リシンを削り取る方法もあったが(前記仕様書においても、有機系の強固な塗材で補修された壁面についてはサンダー掛け(サンダーケレン)又は剥離材の併用が指示されている。)、これらは更に相当の費用と時間を要する作業であり、工期の関係上既に期限が迫っていたことなどから、訴外五月社(訴外三木)の側から特にこれらの工法につき現場において具体的な指示がされることはなく、施工業者である訴外松村組及び原告の側では高圧水洗に関しては仕様書の要求を上回る作業を行ったという意識からそれ以上の作業は必要がないものと考えていた。これに対し、訴外三木及び訴外五月社の現場監督担当者から本件工事の元請業者である訴外松村組の責任者に対しては、旧リシンの除去がまだ不十分であるとの認識及び懸念に基づいて、従前の水圧一平方メートル当たり二一〇キログラムの高圧水洗機による除去作業をより丁寧に時間をかけて続行し、旧リシンを一〇〇パーセント完全に除去するまで右作業を継続するようにとの指示がされていたが、施工業者である訴外松村組及び原告の側では、右のとおり高圧水洗に関して仕様書の要求を上回る作業を行ったという意識からそれ以上の作業は必要がないものと考えており、工期の関係上既に期限が迫っていて人件費等の予算の関係上も早期に工事を進行させる必要が存したことから、設計監理者の右指示を十分に顧慮することなく、前記のとおり旧リシンの除去不十分の状態のままバリスターLLの塗布作業に移行した。

このように、試験施工の対象となった棟と本施工の対象となった棟とでは、旧リシンの性質、劣化状況等に相当の差異が存したため、本施工においては、試験施工の際に比べて相当程度旧リシンの除去が不十分の状態で塗布作業が行われる至った。

その後の剥離事故の発生の経緯については前記三のとおりであるが、右剥離の状況に関しては、事故発生後の調査結果によると、剥離した本件壁材の全面に石灰分を多く含んだ旧リシンが付着しているという状態が大部分であり、本件壁材自体がひび割れを生じたり破損するなどして剥離した例は全く見られなかった。

右事故発生後の同年一〇月半ばころ、旧リシンの完全な除去が可能か否かを確認し右除去の度合いと壁面の接着力との相関関係を調査して爾後の対策を検討する必要から、訴外三木、原告及び被告の各責任者並びに高圧水洗機製造業者の立会いの下に、前記のとおり既に市販されていた一平方メートル当たり三〇〇キログラムの高圧水洗機を使用して、本件建物(一)及び(二)の外壁の数箇所において旧リシンの除去を行い、除去の度合いに応じて当該壁面自体の接着力を検査する接着試験と称するテストを実施したところ、右機械を用いて入念に除去を行った場合には旧リシンをほぼ完全に除去することができ、接着強度は一平方メートル当たり一七ないし二〇キログラムという著しい接着力を示したのに対し、粗雑な作業しか行わなかった場合には非常に接着力が弱いという結果が出た。

右実験結果を踏まえて、同月末ころ、被告の技術担当者の側では、訴外五月社(訴外三木)作成に係る仕様書のように、原則として水圧一平方メートル当たり二一〇キログラムの高圧水洗機による除去を指示するだけでは不十分と考え、既に右のとおり行われていたより強力な高圧水洗機による除去作業に加えて、更にサンダー掛け(サンダーケレン)による旧リシンの完全な除去を壁面全体について行うべきこと等を内容とする追加仕様書と共に、右追加仕様書に依拠した施工がされることを必須の条件としてバリスターLLによる再度の施工について保証する旨を記載した確約書を作成して原告に交付した。右追加仕様書には、他に伸縮目地を若干余分に取るべきことが提案されているがこれは従的かつ補完的に付加された案であり、右追加仕様書の核心となる部分はサンダー掛け(サンダーケレン)による旧リシンの完全な除去の点であった。

これに対し、元請業者である訴外松村組からは、長期にわたる試験施工を実施しその結果を見てから再度の施工に着手したい旨の提案がされたが、注文者である訴外管理組合の側において本件住宅の改修工事全体の工期を長期にわたって延期することは不可能であるという事情があったため、結局、訴外管理組合の意向で本件工事は中止されることとなった。

右のとおり工事の続行の適否を決定するに至る過程で、訴外管理組合側と各工事関係者との間でこのような事実経過を踏まえて剥離事故の原因について協議が行われたが、本件工事の設計管理者であった訴外五月社の関係者らは、右原因について、本施工の対象となった棟においては、試験施工の対象となった棟と比べて旧リシンの性質、劣化状況等にかなりの差異が存したため、旧リシンを水圧一平方メートル当たり二一〇キログラムの高圧水洗機で洗浄しても、なお下地に石灰分等を含む旧リシンが相当程度残存しており、それが本件壁材の接着力を低下させたことに起因するものと考えられる旨の見解を示していた。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

3  本件工事の設計監理者であった証人三木哲は、本訴においても、その証言の中で、本件剥離事故の主たる原因として、旧リシンの除去が不十分であったこと及び本施工の対象となった棟の壁面の旧リシンが特に石灰分を多く含み接着力の低下を招来しやすい性質のものであったことを挙げ、より強力な高圧水洗機を用いサンダー掛け(サンダーケレン)を併用するなどして旧リシンの除去を完全に行っていれば事故は防ぎ得たであろうと述べており、自己の指示にもかかわらず工期が迫っていたことなどのために施工者の側で早期に本施工に移行してしまったことに関して、除去が不十分であることに対する懸念は本施工着工の当初から抱いていた旨証言している。そして、同証人は、伸縮目地を多めに取り、つなぎの接着剤を入れるなどの措置については、より万全を期するための従的かつ補完的な手段として言及するにとどまっている。

4  本件工事以降に被告製品バリスターLLが使用された事例の存否及びその結果についてみるに、《証拠省略》を総合すると、本件事故以後に施工された秀和南荻窪レジデンス及びファミール西八王子の両建物における外壁の外断熱工事において、前記のとおり本件工事の設計監理者であった一級建築士訴外三木は、外断熱モルタル材としてバリスターLLを施工業者に紹介しこれを試験施工に参加させたこと、右試験施工への紹介に際して、訴外三木としては、前回の事故はバリスターLLの品質上の欠陥によるものではなく、壁面の旧リシンの除去を完全に行えばバリスターLLは十分指定商品として使用し得るものと考えていたこと、訴外三木のこのような意向に従って、右試験施工の際には、旧リシン層の除去は一平方メートル当たり三〇〇キログラムの高圧水洗機を用いて本件の本施工の時よりも相当入念かつ十分に行われたこと、その結果、バリスターLLの塗布後約一箇月を経過した時点においても剥離は全く生じなかったこと、右試験施工の際の施工法は、伸縮目地を若干余分にとった点以外には本件の本施工におけるのと全く同様であったこと、最終的にはバリスターLLは右工事の本施工に採用されなかったが、それは、右工事の元請業者が外断熱モルタル材とその上に塗る仕上材とを同一の製造業者から採用する方針であったところ、被告が仕上材を製造販売していなかったことによるものであり、バリスターLLの製品としての性能を理由とするものではなかったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  被告の従前の製品の施工実績及び右製品とバリスターLLとの接着強度の比較については、《証拠省略》を総合すると、被告が従来製造販売してきた外断熱モルタル材は、商品名をバリスターLといい、断熱効果をもたらす主材としてフェライトを用いて製造されており、右主材の特性によって強度と施工性を高めている点に特色があること、バリスターLの施工実績は、別紙「バリスターL施工実績一覧表」記載の各施工例を初めとして多数存するが、右各工事において剥離を生じた例は全く存しないこと、現に本件工事に先立ってこれに使用すべき外断熱モルタル材の選定のために被告及び訴外尾花屋産業を初めとする製造会社五社が参加して行われた各社製品の材料テストの際にも、バリスターLは塗布後一箇月以上を経た時点で何ら剥離を生ぜず、引張りテストでも要求されていた基準値一平方メートル当たり五キログラムを超える五・九キログラムの接着強度を示して右テストに合格したこと、本件工事の本施工において使用されたバリスターLLは、性能を落とさずにより低価格の製品を提供してほしい旨の施主側からの要望に応じて、被告において、主材としてフェライトを用いずにパーライトを用いて製造開発した(パーライトはフェライトよりも価格が安い。)ものであること、主材としてフェライトを用いた場合(バリスターL)とパーライトを用いた場合(バリスターLL)とでは、外断熱モルタル材自体の強度は後者の方が劣るが、壁面等の界面と当該外断熱モルタル材との間の接着効果に関しては、右両者の間に相違は存しないこと、したがって、右各製品の説明書に記載された接着強度の数値の相違は、引張りテストの際に当該外断熱モルタル材自体が破損するに至る時点の負荷強度の数値の差異によるものであって、当該外断熱モルタル材自体の強度の相違を表すものにすぎず、界面と当該外断熱モルタル材との間の接着効果を基準としたものではないことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の諸事実を総合すると、バリスターLLによる施工そのものは本件工事が初めてであるとはいえ、壁面等の界面との間の接着効果に関して右製品と同等の性能を有するバリスターLについて右のとおり本件工事前の材料テストを初めとする多数の施工実績があり、当該各工事において剥離を生じた例が全く存しない以上、右バリスターLの施工実績については、壁面等の界面との間の接着効果に関するバリスターLLの施工実績に準ずるものとしてこれと同等に評価することができるものというべきである。

6  以上のとおり、被告製品のバリスターLLに関しては、本件以外に本施工実績がないとはいえ、本件工事に先立つ試験施工においても、また、本件工事以後に実施された秀和南荻窪レジデンス及びファミール西八王子の外断熱工事の試験施工においても、旧リシンの除去を十分に行った上で施工がされた場合には約一箇月を経た後の時点でも何ら剥離は発生せず、引張りテストの結果も基準として要求されていた数値を上回る接着強度を示したこと、建物の外壁に対する外断熱モルタル材の施工全般について、当該壁面(下地)の旧吹付塗材等を十分に除去することは、外断熱モルタル材と壁面との十分な接着を確保し剥離を防止するために施工業者の側で当然に履行すべき必要不可欠の作業であり、右の除去が不十分な場合には接着力の低下を招き剥離を生ずる危険性が増大することは不可避的な事態であるところ、本施工の対象となった棟(本件建物(一)及び(二))の壁面に関しては、試験施工の対象となった棟と比較して旧リシンの性質、劣化状況等に相当の差異が存したため、仕様書記載の水圧の高圧水洗機を用いただけではなお除去は不十分であったこと、しかるに、設計監理者の側からより強力な高圧水洗機による清掃やサンダー掛け(サンダーケレン。仕様書にも除去困難な壁面については併用が指示されていた。)による除去作業を実施すべき旨の具体的な指示がされることはなく、また、施工業者の側でも、従前の機械を用いてより入念な除去作業を続行すべき旨の設計監理者からの指示を十分顧慮せずに、試験施工の際に比べて相当程度旧リシンの除去が不十分な状態のまま本件壁材の塗布作業に移行してしまったこと、壁面の清掃の度合いと接着力との相関関係については、本件工事に先立つ第一回の試験施工の結果のほか、剥離事故発生後に本施工の対象となった棟(本件建物(一)及び(二))について行われた壁面の接着試験の結果によっても明確に実証されていること、壁面等の界面との間の接着効果に関してバリスターLLと同等の性能を有するバリスターLについては本件工事前の材料テストを初めとする多数の施工実績があり、当該各工事において剥離を生じた例が全く存しないことから、右バリスターLの施工実績をもってバリスターLLの施工実績と同等に評価することができること等の諸事実のほか、前記認定の本件壁材の剥離断面の状況、本件工事の設計監理者である三木証人の本件事故の原因に関する前記3の証言内容、本件事故の原因に関する取材記事である《証拠省略》の記述内容等を総合して考慮すると、本件剥離事故は、被告の主張するとおり、本施工に当たって施工業者の側で当然に履行すべき作業である建物の壁面の旧吹付塗材である旧リシンの除去及び清掃が十分に行われなかったため、壁面に石灰分を含む旧リシンが広範囲にわたって残存し、それが本件壁材と壁面との接着を著しく妨げたことに起因して発生したものと認めるのが相当であり、右剥離事故の発生をもって直ちに被告製品バリスターLLに関する製造上の欠陥の存在を推認することはできないというべきである。

7  原告は、請求原因4(一)において、被告製品バリスターLLの製造上の欠陥の具体的内容として、バリスターLLが本件のように広範囲の規模で塗布された場合、モルタルが硬化していく過程及び断熱機能が発現していく過程において生ずる化学変化のためにその接着力がモルタルの剥離する力に対応し得なくなるという欠陥の存在を主張し、このような化学変化の機序について詳細かつ理科学的な主張を展開している(請求原因4(一)の(1)ないし(5))が、これを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、請求原因4(二)において、外断熱モルタル材は、接着強度一平方メートル当たり五キログラム以上で、長期にわたりひび割れが発生せず、強い衝撃によっても破壊されない製品であることを要するところ、被告製品のバリスターLLは、これらの条件をいずれも欠いていると主張する。

しかしながら、バリスターLLの下地との接着の強度に関しては、同製品の説明書である《証拠省略》に一平方メートル当たり七ないし九キログラムと表示されているばかりでなく、本件工事に先立ち本施工時よりも壁面の旧リシンの除去の良好な状態で行われた二回の試験施工のいずれにおいてもバリスターLLは要求されていた基準値である一平方メートル当たり五キログラムを上回る強度を示して右試験に合格したこと、しかも、これらの数値は、引張りテストの結果壁面との接着を保ったまま当該外断熱モルタル材自体が破損するに至る時点における負荷強度の値であり、当該外断熱モルタル材と壁面との間の接着力は右数値を更に上回るものであることは、いずれも前記認定のとおりである。また、バリスターLLの材質自体の強度に関しては、前記認定のとおり、本件剥離の状況は剥離した本件壁材の全面に石灰分を多く含んだ旧リシンが付着しているという状態が大部分であり、本件壁材自体がひび割れを生じたり破損するなどして剥離した例は全く見られなかったのであって、本件剥離事故は、壁面と本件壁材との間に広範囲に介在した石灰分を多く含む旧リシンによって本件壁材と壁面との接着が著しく妨げられたことに起因するものであり、本件壁材の材質自体の強度の問題に起因するものでないことは明らかであるばかりでなく、バリスターLLの材質に関して製造上の欠陥と認められるような強度の欠如ないし不足を認めるに足りる証拠は何もない。

したがって、原告の請求原因4(二)の主張は、いずれも理由がない。

そして、ほかに、本件剥離事故が被告製品バリスターLLの製造上の欠陥に起因して発生したものであると認めるに足りる証拠はない。

8  以上のとおりであるから、本件剥離事故が被告製品であるバリスターLLの製造上の欠陥に起因して発生したものである旨の原告の主張は、理由がなく、したがって、被告製品の製造上の欠陥の存在を前提とする不法行為ないし債務不履行及び損害に関する原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤崇晴 裁判官 吉田健司 岩井伸晃)

<以下省略>

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